2017/06/17 20:56
こういったものを作るつもりではなかったのです。
十曲程度、新しいものを中心としたライブにしようと思っていたので、最初の一曲を書き出しました。
こういったものを作るつもりではなかったのです。
「ネムノキ」とタイトルを書き(僕は、タイトルから唄を書き始める)、ワインのシミしかついていない、生まれたてのノートに最初の一行を書く。
オカリナのようにご陽気に
いいじゃぁない。通勤の途中で聞いた、5月の澄んだ朝でした、オカリナの音だ。誰かがどこかで練習をしている。へたくそだ。でもご陽気。単調な・・・・確かイングランド民謡。
二行目。
ヒバリのように朗らかに
そうだよ、それはポートアイランド、神戸空港を望む南岸。きらめく波と海猫が戯れていて、僕の周りにはカタバミやコメツブツメクサやニワゼキショウが いっぱい咲いている。もちろんネムノキの木陰。そして、空にはヒバリ。あんなに小さな身体で、命の唄を、大きな大きな声で歌っている。
三行目。
パンツのようにスヤスヤと
あの日の夜だ。僕は、こんなにスヤスヤと眠っている、平和のうちにいるものを、後にも先にも見たことがない・・・
ああ!!ひらめいたのです。
「吉俣耕二・E=」第二夜、「この恋のこと」にお越し下さった皆様、本当にありがとうございました。僕にとって、非常に大切な夜でした。
十曲の中に、無理矢理に、性的な表現を盛り込むということをやりました。無理矢理に。実は、これは大江健三郎が二十代の前半にやっていた手法です。七十年近く前になりますか・・・・
それをまねてみた。天才にはなれそうもない、ペニスの弱い四十代のおっさんにとって、どんな感情が沸き起こって来るか・・・・
そして、それは結果として、非常に「よいもの」だと思いました。それはやはり人生そのものであり、僕の抱く「恋」そのものであって、人間の営みその ものであった。僕が僕として生きて来たことの論理的な証明、君がいて、あなたがいて、父がいて、母がいて、花が咲いていて、風が吹いていて、タンパク質が あって、お尻の穴からは雲が流れ出ていて、僕はそれに乗って空を飛んでいた。
こういうことを軽音楽で表現出来たのは、おそらく僕が世界で最初ではないかと思ってしまうけれど(いたらごめんなさい)、少なくとも僕は生きるということを、本当の意味で体感できているなぁ、と思ったのです。
少しだけ泣きました。
良い夜でした。そして、それを皆さんと共有出来たことがやはり嬉しかったです。しかし僕は、人気がありますねぇ・・・・こんなにお客さんが来るとは当初 は想定していませんでした。この期待に答えるには、もっと、高い空を、イカロスのように高い空を飛んで、落ちることなんて怖くない、そういうしかありませ んね!!
集中をしすぎて、例によってお客さんは誰が来ていたのか、把握をしておりません・・・・今からお礼のメールを打ちますが、届かない方は、私行ったし!!的な感じでメールをいただけましたら幸いです。
そして、来れなかった方も、次回7月12日(水)は木村佐和子さんとご一緒に、「保存」でお会いしたいです。
心からの感謝を。
そして、薔薇の花と、コンヤも素晴らしいE=!!